皆さん、お元気ですか。今年の「お盆休み」は、実家のある山形での墓参りは兄と弟に任せ、家でのんびり過ごさせて頂きました。そして、盆の16日は、京都五山の「送り火」を観に京都まで行ってきました。ついでに30年ぶりに長良川の「鵜飼」を楽しみました。昔と変わらない鵜匠たちの技に拍手を送りましたが、長良川も水が少なく苦慮しておりました。雨もバランスよく降ってくれれば良いですね。などとお盆休みを切り口に、今回も毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。
今年の「お盆」の入り、一般的には8月13日がその日に当たります。皆さん、覚えてますか、この日の午後に起きた「千葉豪雨」を‼ 茨城県に上陸すると言う、観測史上初となる進路をとった台風が茨城の沿岸に上陸し、日本列島を西進して日本海側に抜けましたね。その時に呼び込んだ寒気のあおりを受け、千葉県の北部で雲が湧き、雷雲となり、とんでもない雨を降らせたのであります。東京も不安定な空模様で、諸所で「ゲリラ豪雨」が発生し、道行く人々を驚かせました。
南から吹き寄せる風のあおりを受け、急速に雷雲が発達し雷雨となって千葉県北部に叩きつけました。気象庁はこの大雨を「令和8年8月千葉豪雨」と命名し被害を調査していますが、道路の冠水や車の封じ込めなど、考えられない原因で多くの人が亡くなっております。千葉県内の22市町に「レベル5大雨特別警報」が出され、6市に「レベル5土砂災害特別警報」が出されております。千葉県は隣の県でもあり友知人も多く、馴染みの市や町の名が出て来ると他人事とは思えません。
中でも被災が多かったのが「内水被害」と呼ばれる被害で、大量の雨のため排水が間に合わず、路上にあふれ出た水による被害であります。排水路や排水溝そして下水道の不備が原因ではありますが、都市化した市町に責を求めるのは不合理でもあります。
ご承知の通り、我が国の下水道の普及は遅く、本格的な下水道が整備されたのは戦後の事になります。昭和の時代は64年まで続きましたが、昭和に入ったのが1926年と言いますから今年で100年になります。そんなことは如何でも良いのですが、本格的に下水道が見直されたのは昭和の30年代から40年にかけてであります。当時、下水道の普及率が高かったのが、東京都では三鷹市でしたが、その財源に競輪の金が使われたと騒いでいる団体もありましたね。金に色がついている訳でもなく、どうでも良いと思ったのは私だけではありませんでした。結局、都知事の美濃部さんが「公営ギャンブル廃止」を打ち出し、市区町村が開催する公営ギャンブルは廃止になりましたね。
この頃の設計雨量は一時間当たりの量強度が30㎜でしたね。それから都市化に伴う雨水の増加で、時間雨量が50㎜に変更になり、下水管の大型化が進みましたが、今は何ですか、時間雨量が80㎜から100㎜にもなっております。当然、50㎜のキャパシテイしかない下水管に流れ込むのですから詰まってしまいます。その為、下水道の下流側はマンホールの蓋を跳ね飛ばして水が噴き上がりますし、路上に水が溢れだします。
因みに、下水道の方式は「分流式」と「合流式」がありますが、我が国は圧倒的に合流式が多いですね。分流式とは汚水と雨水をそれぞれ別な管で流すことで、下水処理場での品質が一定なため処理がやり易い一方で、地下に二本の排水管を埋めなければならないため、経費が高くつくと言うデメリットもあります。一方の合流式は汚水と雨水を同じ管で流す方式です。汚水の方が雨水より比重が大きいため希釈放流が可能ですが、洪水の様な場合は混濁された下水となり放流されるため、放流水面への影響は大きくなります。
昔は、田や畑があり空き地もあったりしたので、多少の雨は吸い込まれたりして処理できたんですが、今は、家は屋根に覆われ道路は舗装されており、浸透することも出来ません。全て下水道に流れ込むことになってしまいました。だからと言って、70年から80年かけて築き上げた下水道網を再構築するのも無理があり、今、行われているのは調整池の整備です。環状七号線や八号線などの地下に巨大なトンネルを掘り、降った雨を一時的にそこに貯留し、雨が納まったころ合いを観て元に戻すのです。この事業も50年ほど前から順次行われているのですが、完成はまだまだ先と言う事になっております。しかし、この話は都心に限っており、千葉などの地方都市には施されておりません。
「自衛隊に注ぐ軍備を回して地下道の整備を」などとほざけば「非国民」との誹りも招き兼ねず、分かっていても声は上げにくいですよね。何か、住みにくい世の中になってしまいましたね。などと、これはお盆入りの前のお話ですが、今年のお盆納めには「京都五山の送り火」を観に行きました。あの「大文字焼き」として有名な、古都京都で行われる送り火です。
京都五山の送り火の話は何時も聞いていたのですが、観たことはありませんでした。まあ、行った事が有るのは箱根の大文字焼きぐらいです。ずいぶん昔の事で「生ビール」を頼んだら3ℓ位の瓶から注いでましたね。ビールサーバーの無い時代もあったのです。まあ、こんなことは如何でも良いのですが、京都五山の送り火は「盆の16日」に行われます。五山に繰り広げられる送り火は六ケ所もあり、一つの場所で観るのは不可能と言われておりました。
ところが、あるビルの屋上からは、これら全てを見ることが出来ると言う事が判明し、旅行業者がツアーを組んで集客に努めた訳です。まんまとその宣伝に乗せられて行ってきたわけですが、幻想的で素晴らしかったですね。まあそのビルの8階で食事をして、火が灯る8時にビルの屋上に上がり、一つずつ灯る送り火を眺める訳です。最初は銀閣寺方面に「大文字焼き」が灯り次いで宝ヶ池方面に「法」の字が、直ぐに深泥池方面に「妙」の字が灯り、西賀茂の正伝寺方面に「舟」の絵がそして金閣寺方面に「逆さ大文字」が灯ります。最後は嵯峨方面に「鳥居」の絵が灯って終わりです。何か謂れがあるのでしょうかね。気になりますが屋上からははっきりと見えましたね。
宿は三条大橋の近くでしたが、物凄い混雑で閉口しました。特に、外人が多く、昼食を摂った「川床料理」まで外人で溢れておりました。暑いと言われる京都ですが北の鞍馬や貴船などは夏でも涼しく、川面に板を敷き、その上で食を摂る川床料理が人気です。風情があり日本人にも人気の食事ですが、外人たちも調べて押し寄せます。まあ、中国人が居なかっただけでも幸いでした。
令和8年8月29日 毛利