皆さん、お元気ですか。このところ各地で地震が発生し、山梨県富士吉田市の地震の時は、富士山噴火との関連はあるのかなど心配する人も多かったですね。それに加えて台風の数も多い年ですね。先週などはダブル台風と称して8号と7号が相次いで上陸し、各地に警戒レベルの警報が発せられるなど、気が気ではない夜を過ごさせて貰いました。7月に入れば富士山の山開きも開始され、東京の「富士塚」も賑わいを見せてくれます。神社の入口に設けられる「夏越しの輪」を潜っての参拝は気を引き締めさせてくれますね。などと富士山の山開きを切り口に、今回も毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。
そうですね、今回は「死海」で遊泳したことについての報告です。死海のある地区はイスラエルとヨルダンの国境となりますが、かなり大きな湖です。水平線の彼方にイスラエルの陸地が見えましたから、私が泳いだのはヨルダン側の地域となります。ウイキペディアで調べてみますと面積は605㎢と琵琶湖より少し小さい程度ですが、最大水深298mとかなり深く、平均水深118.4m、貯水量114㎦、水面の標高-433m、塩湖となっております。
ご覧の通り海抜マイナス433mですから海面より低い位置にあることが分ります。世界には海面より低い地区も多く、中国ウイグル自治区トルファンなどは-154mと、とんでもない低地もあるのであります。その中でも死海は別格で、そこに至る道路に海面のレベルが示されており、一大観光地にもなっております。バスや車で訪れる観光客は此処で車を降り、看板の前でポーズを決め記念写真に納まっております。
この地形から分かる通り死海はヨルダン川が流れつく最終地点となっており、流入する水の量より蒸発する水分の方が多いため、年を経るごとに塩分濃度が増して行くのであります。その為、この水面に立てば人の比重より塩湖の比重が大きいため人は浮かんでしまうのであります。確か、ヨルダンだったと思いますが世界最古の「地図」が展示してありました。細かいタイルで作られたその地図には死海が描かれておりましたが、ヨルダン川も描かれており、下流に向かっていた魚が塩湖の塩の濃さに驚いてUターンする漫画のような絵も描かれておりました。
この話をすると皆が「また、造ってる」と不評ですが、私がこの目で確かめた事なので絶対に真実です。地図が飾ってあるところは博物館でしたよ。一般的に中東の砂漠地帯は雪も雨も降らないとお思いではないでしょうか。ところがヨルダン川の上流はレバノンです。レバノン杉で有名ですねが、日産の元社長カルロス・ゴーンも此処の出ですね。ヨルダンの高地から雪を冠したレバノンの山々が見える時もあります。雪も降るのですね。
そして、野菜が豊富で新鮮ですよ。「ヨルダン良いとこ一度はお出で」と言いたいところですが、政情が不安定で二の足を踏んでしまいますね。お酒が心配な方もおられると思いますが、ホテルやレストランでは大丈夫です。最新のビール事情によりますと、エジプトでのジョッキ一杯の値段は7ドルから11ドル程度で店の格式に応じて変化します。
死海では、海面に浮き上がった写真を撮るため皆さん必死です。泳ぎの得意な私(元水泳部顧問)は泳ぎ始めましたが、泳ぎにくいこと阿修羅のごとくで、海面に浮かんでいるため搔き手が上手く届かず、海面を転がってしまいました。それでも海中に居るのは10分が限度で、それ以上の滞在は毛穴がヒリヒリして来るので止めた方が良さそうですね。
ただ、死海のどろを使った石鹸や化粧品は、この地の名物となってお土産店で売っております。泥を使った顔パックや全身美容などはご婦人方に好評でしたね。まあ、読者の中には当時の同行者もおられますので、論評は避けますが効果のほどは保証の限りでは無かった模様です。しかし、日本にも死海の塩を輸入し「死海の塩風呂」などと銘打って営業している温泉宿もあるのです。
名称は「富嶽温泉花の湯」と称し、富士宮市に開設されており地域の名所にもなっております。普通の温泉もあり薬草湯とかコーヒーの湯など嗜好を凝らした湯が楽しめます。確か「草津の湯」なども有りましたね。富士登山の帰りには必ず寄って疲れを流します。サウナもあり宿泊もできます。これ等の風呂に入った後はキンキンに冷えたジョッキですよ。何故に山に登るかと問われれば(誰も問うてはおりませんが)、この一杯を飲むために艱難辛苦に耐えてきたのであります。
何か、話が飛んでしまいましたが、世の中には信じられない地形の場が存在し我々を楽しませてくれます。米国のグランドキャニオンやヨルダンのエンドオブザワールドなどもこの部類ですね。これ等の地形は何億年に及ぶ地球の地殻変動によって生まれたものと言われております。アフリカ大陸なども南北に走る溝に寄り、何れは東と西に分離すると言われております。その頃の地球を見てみたいのですが、恐らく生きてはいないでしょうね。残念です。
その代わりと言っては申し訳ありませんが、我が国日本にも「糸魚川静岡構造線」と呼ばれる断層帯があります。これに沿って形作られた谷筋がフォッサマグナと呼ばれております。正式には糸魚川市の親不知付近から諏訪湖を通って、安部川付近に至る大断層線を言うとされております。「東北日本」と「西南日本」を分ける断層で、糸魚川市にはこの地層が見れる場所が有るのです。
先に行われた「高田城ロードレース」では前泊も当日も「糸魚川市」に宿を取りました。ロードレース前日は糸魚川市内に宿泊し、当日は糸魚川から高田城に移動し、ロードレースに参加し、終了後は新潟県の活火山焼山(2400m)の麓にある「笹倉温泉」へ足を延ばし、そこで着替えをして汗を流しました。新潟県には今も火を噴く山があるのですね。怖いが温泉が有るので良しとしましょう。その後は「フォッサマグナミュージアム」と「断層の現場」を散策し、市内の温泉施設「國冨アネックス」に宿泊したのです。
その折に訪ねたのが上記の博物館と断層の現場でした。さすが土木屋の集団ですね。噂に聞くフォッサマグナのお生い立ちから現状までを博物館で確かめ、熊が出そうな山道を歩いて断層が露頭している断崖まで辿り着き、その岩に手をかざしてユーラシアプレートと北米プレートの双方に触れ、その息吹を感じつつその場をあとにしたのであります。東側が北米プレートで西側がユーラシアプレートになっており、この断層を境界として東北日本と西南日本とに分かれているのです。
断層の見える場所に立てば、断層の切れ目とわずかな隙間が見え、その間に「ガマ」と呼ばれる粘土層を見ることが出来ます。これ等の断層が地震などで揺れ動くと、互いの岩が擦り合い岩が砕けます。これが何回も続くとその岩屑の層が成長し、そこには何時しか水が溜まり「断層破砕帯」と呼ばれる地層になり、土木工事などに支障をきたすようになるのです。「黒部第四ダム」建設に際し、掘られたトンネル「大町ルート」の破砕帯の長さは80mにも達しておりました。これ等の工事から既に70年も経ちます。
今から70年ほどの昔は各地に「高ダム」が建設され、灌漑に発電にと世を潤してくれたのです。男たちは山中に出来た「ダムの町」に住み着き工事に当たりました。その恩恵を受けて皆さんの「今の世」があるのです。感謝ですね。
などと、今回も長くなってしまいました。反省
令和8年6月28日 毛利