皆さん、お元気ですか。日本が誇るクルーズ船「飛鳥Ⅱ」に乗って来ましたよ。九州までの短いクルーズでしたが楽しんできました。歳をとると動くのが億劫になりますので、移動、食事、エンターテイナー、お酒などが限られた空間内で収まると言う事でしょうか、お年寄りの方が多かったですね。中には、わざわざこの船に乗るためのツアーに参加している方もおられました。アウトドア派の私にとっては物足りないクルージングでしたが、そこそこに楽しんで参りました。などと「飛鳥Ⅱ」のクルージングを切り口に、今回も毛利のアドレス帳に載ってい方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。
ミラノ・コルチナオリンピック楽しませて貰いましたね。日本の選手は頑張りましたし、TV桟敷とは言え我々をも楽しませてくれました。金メダルが5個銀が7個、そして銅が12個で合計24個もの成果を挙げております。楽しませてくれた彼らにお礼を言いたいですね。まあ、TVも日本選手の活躍を解説しながら放映してくれるのですが、冬季五輪の目玉とも言うべきアルペン競技は放映されませんでしたね。尤もスキーアルペンには誰もエントリーしていなかったため、この様な措置となったと理解してますが残念です。
以前は冬季五輪と言えば、殆どがアルペン競技と言われる「回転」「大回転」「滑降」と呼ばれる競技が主流でしたよ。わが国の選手で冬季五輪初のメダリストになったのは猪谷千春氏でしたね。今年で94歳になりますがお元気に活躍されております。彼は1956年にイタリアのコルチナ・ダンペツオーで行われた冬季五輪で銀メダルを獲得しております。
この大会で優勝したのがアントン(トニー)・ザイラー氏で生まれは1935年と言いますから猪谷氏より若かったのですね。オーストリアチロル州出身と言う事ですから、子供の時から雪には親しんでいたのでしょうね。何と言っても、五輪の華であるアルペン競技三種目を制覇し、三冠王に輝いた人でしたね。彼が回転で優勝したため、猪谷氏は二位の銀メダルだったと言う訳です。
コルチナ・ダンペツオー五輪の頃、私は13歳でしたから中学生の頃ですね。何故かこの大会は記憶に残っており、トニーザイラーに憧れたものでした。かと言って、スキーには憧れておりましたが、当時から流行り出した合板でのスキー板が買えるほど裕福ではなく、単版のスキー板にカンダハーと呼ばれる金具を取り付け、スキー靴などは高根の花で長靴に縄を巻きつけて滑っておりました。単版のスキーは簡単に折れましたね。今のハイブリッドのスキー板は折れたり割れたりしませんが、骨が折れますね。何方が良いのでしょうか。
そのトニーザイラーが日本に来る、しかも山形の蔵王に来るとの事で色めき立った事もありましたが、現地に駆けつける程の余裕もなかったのでしょうね、彼の映画を見ただけのアクションに終わってしまいました。彼は現地で「黒い稲妻」(1958)や「白銀は招くよ」(1959)などの映画に主演し、同時に主題歌までヒットさせておりました。彼の「白銀は招くよ」の歌はドイツ語で覚えるほどのめり込みましたが、今ではすっかり忘れてしまいました。
トニーザイラーが来日したのは昭和35(1960)年の事で、私も高校生になっておりました。来日は松竹映画「銀幕の王者」への出演が目的でした。当時の日本のアイドル鰐淵晴子と競演する、しかもロケ地は蔵王スキー場との事で色めき立ちましたが、完成した映画を見るだけに終わってしまいました。ストーリーは思い出せません。しかし、スキーも上手くハンサムな容姿に憧れと言うより嫉妬心を覚えたものでした。私のスキーの原点はここに有ったのかもしれませんね。
こんな事は如何でも良いのですが、今回の日本選手団の中に斯波正樹と言う選手がいたことは御存知でしたか。スノーボード・アルペンの選手で、あのハーフパイプやビッグエアーなどのアクロバティックな演技ではなく、スノーボードでタイムを競う競技です。スノボにもスキーと同様アルペン回転があり、設定されたコースで旗門を回転しながら滑降し、そのスピードを競うものです。彼は北京オリンピックにも出場しているベテラン(39歳)ですが、私の高校の後輩に当たります。北京五輪の前になりますが、山形で行われた同窓会の総会の席上でお会いしてエールを送ったことが有りますが、身長もそれほど大きく無くがっしりとした体格だったことを覚えております。私が所属していた「山形南高東京同窓会」への参加も促しましたが、海外遠征と日程が重なっており参加は夢と終りました。
彼の今回の戦績は、予選での「失格」でした。良くある旗門不通過と言う事であれば、並べられた旗門を逃してしまったと諦めもつきますが、ワックスに使用が禁じられているフッ素が検出された事による失格との事でした。スキーもそうですがアルペン競技は多くの分業によって成り立っており、ワックスを担当する担当者がいて、当日の雪質に併せたワックスを選び滑走面に塗布するのです。競技者はその板あるいはボードを使って競技に挑むことになる訳ですが、何者かが彼のボードに禁止薬物を塗布したとしか考えられません。厳重に保管されている筈のスキーやボードに禁止薬物を塗布するため忍び込み、犯行に及んだとしか考えられません。
フッ素が何故に禁止かと言えば、スキーなどの滑走面にはその滑りを良くするためのワックスが使用されます。このワックスは雪質や雪の温度等によって性能が異なるため、当日の雪質に応じたワックスを使うことになります。そのワックスには古くから有機フッ素化合物(PFAS)が使われてきたのであります。ところがこの化合物に発ガン性が指摘され、今回からの競技ではフッ素を含むワックスの使用が禁止されたのであります。斯波選手もこの辺りは心得ており対策をとったとの事でしたが間違って紛れ込んだ模様です。
発ガン性の物質が発見されたと言う事で失格になった訳ですが、市販品にはまだまだフッ素を含んだワックスは売り出されているとの事です。これ等を塗った板やボードで雪面を滑ると、その残骸が雪に残り雪解けと共に地面に吸い込まれ環境汚染に繋がると言う論法です。競技者には厳しく一般には甘いのは止むを得ませんが、環境汚染と言う事であればスパッと使用を禁止するのは当たり前だと思うのですが如何でしょうか。
令和8年3月25日 毛利