皆さん、お元気ですか。しかし、驚きましたね。私の文が過激すぎたのか物足らなかったのか分かりませんが、大なる反響が届きました。有難い事です。更に、世の中真っ暗闇のくだりでは高倉健と書いたところ、鶴田浩二の間違いだと指摘してくれる方もおられました。中にはわざわざ「傷だらけの人生」の音源まで送ってくれた方もおりました。と、言う事は、この様な文でも最後まで読んで下さったと言う証ですので嬉しかったですね。
ところで、高市津波に押し流された日本列島で議席を得た自民党には「文句を言うな」と言う事でしょうか、マスコミも抑え気味ですね。しかし、私は黙ってはいませんよ。しつこい様ですが選挙結果について今一言述べさせて頂きたいと思っております。今の小選挙区比例代表並立制が適用されたのは1996年の事になります。今から30年も昔の事になります。従来の中選挙区制では金がかかり過ぎるとの事で考案された選挙制度でしたね。
先ずは、各選挙区で一議席が決まる訳ですが、勝った候補が代表者となり,言ってみれば「総取り」となる訳であります。マスコミの統計によれば自民党が小選挙区で得た得票数は49%にしか過ぎないのに、249議席も取っているのであります。これは全体の86%にも及び、比例では得票率が37%弱にも拘らず37議席も取っているのです。そして両者を合わせると316もの議席が自民党に流れたことになります。通常の場合ですと得票数の「単純計算」では自民は小選挙区で142議席、比例で65議席の計207議席が妥当な数との事です。
一方の中道は小選挙区で21.6%比例で18.2%ですから、小選挙区で62議席比例で32議席が採れる勘定になるのであります。東京選挙区などは全ての選挙区で自民の独走ですよ。言ってみれば、小選挙区制と言う制度による勝利で、本当の民意を反映しているとは言えないのであります。などと総選挙で得票した票に関わるマジックを切り口に今回も毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。
今年に入って原発の不祥事が目立ちますね。1月14日には、再稼働に向けた中部電力浜岡原子力発電所3号機4号機の審査が、中部電力からのデータに不正があり、審査自体が白紙に戻ったと言う事件です。もう一つは、20日に予定されていた東京電力の柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働が、制御棒の不具合で延期された事件です。
再稼働に備え前々日の17日に制御棒を引き抜く試験を行ったところ、不具合があれば鳴るはずだった警報装置が作動せず、19日に東京電力は記者会見を行い、設定ミスであったことを公表したのです。しかも、この設定ミスは、何と、平成8(1996)年の運転開始の時から30年もの長きに渡り放置されてきていたとの事です。とんでもない失態と言うより犯罪の疑いすら考えられます。
この様な再稼働を前にしたトラブルは、東電や中部電だけではなく、全ての電力会社が事実を隠蔽すると共に、データなどの改ざんを行っていたのではないかとの疑いを持たせるものでもあります。言ってみれば日本の電力会社には原子力発電の制御は無理なのではないかとの疑いを持たせてしまいました。
以前にも報告してありますが「原発ジプシー」と言う原発の暴露本がありました。著者は堀江邦夫なるノンフィクション作家です。初版が昭和57年と言います半世紀も前の1979年の事であります。美浜、福島、敦賀の原発の現場に潜り込み、被爆の実態や差別の実態を克明にレポートした内容を暴露したもので、当時は大反響を呼びました。
ジプシーとはヨーロッパ各地に点在するロマの別称ですが、移動型を基本としているため、各地を彷徨する事をこの様に呼ぶ事もあります。オペラ「カルメン」で描かれる奔放な人々の事はご存知だと思います。彼はこれ等の原発を非正規の下請け労働者として現場に入り込み、厳重な監視をかいくぐりつつ纏めた実態を本にした方でした。彼らの様な非正規の労働者は、放射能を受けると棄民のごとく捨てられ、亡くなっても公表すらされない労働者としてこの世から消えていくのです。
実は、彼は、私が東京都のT工業高校に赴任した時には、3年生に在籍する生徒だったのであります。今では友人としての付き合いをさせて頂いておりますが、言ってみれば彼は私の教え子に当たるのです。卒業後に彼は大手の建設会社に就職し当時流行し始めたコンピュータ技術者として将来を嘱望されておりましたが、フリーのジャーナリストに転身し、原発の裏の実態を暴いたと言う事になるのであります。
彼が、書籍として「原発ジプシー」を出した数年後、来校してもらい講演会を開いたことが有りました。講演後の懇談会の中で苦悩を述べたことが有りました。ドキュメンタリー作家ですから、各地に取材に向かうと必ずと言っても過言では無いほど、泊っているホテルの部屋に何者かが侵入し、資料などが盗み見られていると言うものでした。
彼が、この本を上程してからというもの、原発会社(電力会社)は本に出ている作業員の特定に死力を傾け、指摘されている課題の改善に取り組もうとはしませんでした。寧ろ、内部協力者を探すことに重きを置くようになったのです。この様な体質から抜け出さない限り、企業の改善は進まないと思うのですが、彼らは「この本の、この人物は誰か」と言う事に重きを置いたため、肝心の安全管理には結びつかなかったのですね。それが、開設以来何十年もの警報ミスにつながっているといえるでしょう。
我々一般庶民は、原発とか電力会社などと言えば、技術の最先端を走る企業であり、間違いや操作ミスなどは起こらないように、幾重にもの安全装置に囲まれていると信じてましたが甘かったですね。然らば、誰がこの様な不手際を許してきたのかと問われれば、少なくとも、技術系の職員では無かったと信じたいですね。何故ならば、技術系の授業では必ず技術者魂と言うか技術者としてのモラルを植え込むための時間を設けているのです。そこで培われた技術者魂は、卒業しても必ず体の一部として残っていると信じたいですね。
令和8年2月23日 毛利