毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和8年1月14日

毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和8年1月14日

皆さんお元気ですか。恒例となっている毛利からの一方的なメッセージです。昨年末、ネパールの秘境ムスタンに出かける話をしましたが、今回はその報告と新年のご機嫌伺です。時間の都合のつく方はお読みください。

今回も毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりですが、混入しておりましたらご容赦ください。

やはりムスタンは遠い遠い秘境でした。特別な入域許可証と入域料500ドルは準備し、準備万端で挑んだのですが、現地の天候までは我々の意のままに動いてくれることは有りませんでした。しかし、ヒマラヤのふもとでマウンテンバイクを駆使(?)し、オフロードの極みともいえる、カリガンダキ川沿いの砂利道を駆け抜けてきました。

昨年末の23日に羽田を発ち、現地時間でその日の午後11時頃カトマンズ着、ネパールとの時差は3:15時ですから日本時間では24日深夜になりました。直行便がないため香港で乗り換えましたが、日本発の機内食は美味でしたが香港発の機内食は胃がもたれる味で、さっそく東南アジア独特の味の洗礼を受けました。しかし、舌の感覚というものは柔軟で直ぐに慣れるものですね。旅も仕舞いの方になるとお腹がすいて仕方が在りませんでしたが、あのパクチーの匂いだけは苦手ですね。

25年間にわたり支援を続けてきた、ストリートチルドレンを保護し、技術指導を行っているクンブスワ技術学校をお訪れ子供たちを励まし、カトマンズ盆地東端ドリケルリゾートにほど近い地に建つガネッシュ小学校を訪問しました。ネパール地震直後に臨時に建てられた竹の仮校舎は既に無く、校舎の全面活用が有るものと考えておりましたが、我々が最後に手掛けた鉄筋4階建ての校舎の利用は納得のいくものではあませんでした。住居が倒壊し避難生活を送らざるを得ない近隣の家族が避難所として利用しているなど、2年半前の地震の後遺症はこの学校にも及んでおりました。

カトマンズ滞在中も「ムスタンに降雪があった」とか「カリガンダキ川を渡渉する車が周囲に氷の膜を作っている。スリップの危険があり入域は中止した方が良い」などの情報が次々ともたらされ、行く気とやる気を萎えさせられました。元来、一度決めたことは成し遂げたいとの願望はありますが、「命を危険にさらしてまで遣るものではない」との思いもあり、ムスタン行は断念せざるを得ない状況となってきました。更に、許可証にサインするカグベニ村の村長が、避寒のため現地を離れていることも判明し、(これは現地に行って初めて知らされた事実)幻の王国ムスタンへは入域できませんでした。

その代わり、ヒンズー教と仏教のメッカとして知られるムクチナート(3800m)まで車を走らせ、巡礼するとともにそこからのダウンヒルを試みました。複数宗教の聖地巡礼の地としてはイスラエルのエルサレムが有名ですが、このムクチナートはヒンズー教と仏教の聖地として知られ、毎年数多くの信者が訪れる場所であります。昔はカリガンダキ川沿いの道を幾日も掛けて歩いての巡礼でしたが、約10年ほど前に作られた自動車道を使えばそれほどの日数を要する事無く辿り着けるとあって賑わっているとのことである。この自動車道とて、舗装道路が途切れるベニイという村からおよそ100kmほどの行程になるが、ダイナマイトと重機で山肌を乱暴に削った程度の道で舗装などはされておらず、至る所で土砂崩れの回復工事が行われている状況でした。

中国の支援を得てこのルートを将来的にはインドとチベットを結ぶメインルートとし、地域の振興に当たろうとしている模様ですが、中国人技術者が指揮する工事現場は、ダイナマイトこそ使わないが重機で掘削した土砂を何の躊躇いもなく、川底に投げ捨てての工事のため、昔は清流だった川は土色に変色しておりました。これでは下流域の村々はたまったものではないとの感を持ちました。まあ、転覆した列車を埋めてしまうほどの思考の国ですから驚きはしませんが、このつけはいずれ現地に自然破壊という形で顕在化するものと考えられます。

前述したムクチナートに至る道路は南ムスタンの県境カグベニ村から12Kmの距離にありますが、巡礼者への心配りなのでしょうかその三分の一ほどが舗装されており、気持ちの良いダウンヒルを楽しむことができました。しかし、一度オフロードに自転車を踏み入れれば、足下の砂利道にハンドルを取られないよう目で先端を追い、急斜面での速度を制御するためのブレーキングとペダリングにも力が入りました。

自転車はポカラ市内でレンタルしてランドクルーザーの屋根に積んでここまで持参したものですが、台湾GAIANT製のメーカー品でした。両輪ともに油圧式のデスクブレーキが装着されており、軽量で悪路にも対応できる乗り心地に良いものでしたが、ギヤチェンジが国内で使っている私の自転車と異なるため当初は戸惑ってしまいました。

 翌日はカグベニからジョンソンまでのおよそ7Kmを走破し、その翌日はツクチェからカロパニ付近の村までの往復のツアーに出かけました。後方から四駆のランクルが支援してくれるので不安はありませんでしたが、何せ、3000m級のオフロードの坂路を上下するわけですから、疲れるというより息苦しくなるのが先で、上り道ではバイクを押して進まざるを得ない状況になるのもしばしばでした。現地で悟ったのは、4000m級のローマンタンであればバイクでの走破は無理であったのは確実で、「天は我らを見捨てなさらず」の言葉でした。

ツアーは右岸(ちなみに上流側から下流を望み右側が右岸)にそびえるダウラギリ(8169m:世界第6位サンスクリット語で白い山の意)と左岸にそそり立つニルギリ(7061m:青い山の意)に見守られながらの走行でしたが、むき出しの砂利道に足元をすくわれ転倒しないように力を入れるため、終了ごろには肩がパンパンに張る状況でした。やはり、日本の舗装されつくした道路ばかりを走っている限りは、世界では通用しない弱体ロードレーサーにしかなれないと言うことも学んだ旅でした。

初日の出はポカラ市内のホテルの屋上で拝み、カトマンズ盆地に帰ってからは世界遺産として知られるチベット仏教最大ゴンパと言われるボダナート、ヒンズー教の聖地パシュパシナート、そしてチベット仏教の寺院スワヤンブナートの3寺院を巡り、初もうでのはしごをしてきました。今年も良いことがあるのではないかと期待しております。長くなりましたがこの辺で報告と新年のご機嫌伺を閉じさせて頂きます。

令和7114日      毛利

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