毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和7年8月27日

毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和7年8月27日

皆さん、お元気ですか。お盆に入り少しは過ごし易くなったと思ったら、盆が過ぎたらまた暑くなってしまいましたね。前回は、間もなく蝉の声から虫の声に変わります。焦らずに季節の変化を待ちましょう。などと、書いておりましたが蝉の声が衰える事もありませんでした。秋は何処へ行ってしまったのでしょうか。などと、季節変化の遅れを切り口に、毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。
今年は先の大戦から80年を迎える年との事です。80年だから特別の日との意識は無いのですが、日本人であれば切れの良い周年に特別に回顧する事が有っても良いと思っております。その為か、マスコミ各紙も特集を組んだりして当時の事を記事にしております。特筆すべきは先の大戦で亡くなった方々の多い事です。民間人を含めれば310万人もの方々がお亡くなりになっております(合掌)。因みに海外で亡くなった方が240万人で国内で亡くなった方が70万にとの事です。国内の被害は広島への原爆投下による被害者が14万人、次いで東京大空襲の時が10万人、そして長崎原爆投下の7万人が被害者の多い順です。因みに大阪大委空襲の時には1万5000人だったとの事ですが、集計しても35万人に過ぎません。これに倍する方々が日本各地で亡くなっているのです。
海外では中国では46万人、インドで3万人、ビルマですから今のミャンマーですねここで13万7000人、旧満州地区(ノモンハンを含む)は24万5400人、沖縄が18万8100人、フィリピンでは51万8000人、マリアナ・パラオ・トラック島などの中部太平洋で24万7000人、ボルネオ・ソロモン・ニューギニアなどで31万1300人、台湾で4万1900人そして硫黄島では2万1900人、樺太アリューシャン列島で2万4400人、今の北朝鮮では3万4600人で韓国では1万8900人もの方々が亡くなっているのです。合計しても220万人と少しですよ。残りの20万近い方々も何処かで亡くなっているのですよ。
皆さん‼地図を広げてごらんなさいよ、物凄く広範囲ですね。これ程の範囲に日本軍を派遣するのですから並大抵な兵力と輸送力では歯が立ちません。米国に頼っていた石油の輸入が差し止められ南方へ戦線を延ばさざるを得なかったなどの説もありますが、無謀であったとの指摘は的を得ていると言わざるを得ません。私も海外旅行などで訪れた事の在る国もありますが、殆どの島々には行ったことが有りません。
真珠湾への奇襲で戦果を誇ったのも僅か半年余りで、あとは負け続けの日本軍でした。その殆どが餓死とマラリヤなどの病気だったと言う事です。戦って死ぬのなら納得も出来ますが、餓死と言うのは納得がいきません。昔から言われる「腹が減っては戦は出来ぬ」ですね。情けないですよ。ここには前に指摘してある輸送力の脆弱さがあります。戦線は広げたが輸送力が伴わなければ食料も弾薬も届けられません。時の連合艦隊司令長官だった山本五十六が言ったと言われる「やれと言われるなら半年や一年は暴れて見せますが、2年3年となると確信が持てない」予言通りとなってしまったのであります。
この頃、この様に冷静に世界情勢を分析していたのは彼に留まらず多くの参謀も同じ考えを持っていたと言われていますが、それらの意見が通ることは無かったのであります。何と言っても「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」などのスローガンを推し進めたマスコミも戦争への道を推し進めていたのです。政府が発表する「大本営発表」は、今でいうフェイクニュースの極みの様な内容で国民の全ての人々が騙されていたのです。国の言っていることが信用できないのはここに始まったのですかね。今も続いておりますね。
特に開戦の翌年42年6月に日本軍が大敗したミッドウェー海戦では、出撃した空母4隻全てが撃沈され、戦死者も3000人を超える数に上っております。相手方の米軍は空母の損傷は1隻だけで戦死者も300人程度と言う大勝利に至ったのであります。ところが大本営からの発表には、敵船体を撃破し当方の被害は軽微などと嘘の発表を行い、当時のマスコミまで欺いていたのであります。その他にもアッツ島玉砕(1943年5月)などでは「大本営発表:アッツ島守備部隊は5月12日以来極めて困難なる状況下に寡兵よく優勢なる敵兵に対し血戦継続中のところ、5月29日夜、敵主力部隊に対し最後の鉄槌を下し皇軍の神髄を発揮せんと決し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。爾後通信は全く途絶、全員玉砕せるものと認む。傷病者にして攻撃に参加し得ざる者は、之に先立ち悉く自決せり」などと美化する内容となっております。
こんな事を続けているから国民は国を信用しなくなるのです。先の首相安倍晋三にしても、当初の頃は、話題になった年金問題に「最後の一人まで解明します」と言いながら、何もせずに舞台から去り、再登場した折には「年金問題」の事など無かったように振舞っていたではないですか。日本人は直ぐに忘れる民族であり、忘れると言う事を前提として策が施工されているのであります。馬鹿にするなと言いたいですね。しかも、誰かが年金問題に触れると「もう済んだ事」と言うファイルに包み込み、マスコミもその話題に触れようとしません。言ってみればマスコミも同罪なのですよ。
今流行しているSMSなどへの興味はありませんが、フェイクニュースの塊なのでしょうね。先に話題になった港区の「イタリア公園殺人事件」が発覚した時は、警察の発表前に「あの事件の犯人は私だ」と名乗る画像がユーチューブに流れ、私なんぞはすっかり信用してしまった過去を持っております。それ以来、私はかのユーチューブの情報は信用しない事にしております。しかし、私も痛い目に遭ったから言えることであり、何もない時には信用してしまうかもしれません。怖いですね。
などと、当初の目的を逸脱した内容になってしまいました。ですが記録として日本兵がどれだけ亡くなったかだけは覚えておいて欲しいです。暑いですのでこの辺で失礼します。
令和7年8月27日     毛利

PAGE TOP