毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和8年9月11日

毛利顧問の ”皆さんお元気ですか” 令和8年9月11日

皆さん、お元気ですか。先日、「築地地区まちづくり事業」の説明会に行って参りました。ご承知の通り、東京都民の台所を担っていた「築地市場」が豊洲に移転となり、築地市場の跡地が再開発されると言うプロジェクトが発足したのです。開発の主体は東京都ですが、多くの会社が参画し企業体を作り開発に当たることになっております。大まかに言えば5万人収容するアリーナを核に、超高層ビルを含め九つもの施設が建てられ新しい街が出来る事になっております。

旧築地市場が面していた新大橋通り側には、ライフサイエンス・商業複合棟(32階建て)が建ち店舗とオフィスが混成したメインの建物となります。その南側(浜離宮庭園側)にはオフィス・レジデンス棟(40階)が建ちます、築地川に沿ってレジデンス棟(37階)そしてホテル棟(29階)が二棟建つ事になっております。そしてメインの部分には5万人が収容できるアリーナが建ちます。事業主体の企業に読売新聞が入っているため「巨人軍のグランド」になると噂されているが、担当者は「未定」との事でありました。

隅田川沿いには43階建てのホテル・レジデンス棟が建ち、舟運・シアターホイルの建物を挟んで41階建てのオフィス棟が建つことになっております。観て分かる通り再開発に相応しい配置であるが、都市機能を優先するあまり人々の暮らしには気配りが少ないと言えます。まあ、都市部の再開発ですからとやかくは言いませんが、今少し緑豊かな開発であってほしかったと思いました。

それにしても完成するのが2030年代ですので、私なんぞは生き残れるかどうかの境目ですので、早くしてもらいたいとの希望はありますが、このところのプロジェクトで工期が短縮された例はありませんので、成り行きに任せるしか無いと諦めております。などと築地市場の再開発を切り口に、今回も毛利のアドレス帳に載っている方々へBCCにて配信しております。メーリングリスト該当者は外したつもりでしたが、混入しておりましたらご容赦ください。

 今回のネパールでの土石流による被害に驚くと共に、亡くなられた方々へ深く哀悼の意を表します。ネパールに関りを持って34年になりますが、氷河湖の決壊は恐れておりましたがこれ程の被害が出るとは思ってもおりませんでした。ネパールの首都であるカトマンズ盆地の標高は1300mほどで、中南米のメキシコシティやクスコなどに比べれば低い方であります。しかし、この街の北方には長大なヒマラヤ山脈が連なっており、8000mを超える高山が8座も連なっております。ヒマラヤ山脈は西のパキスタン国境から東のインドとの国境まで2400kmもの長さがあり、カトマンズからすべてを見渡すことは出来ません。眺望の利く乾季ともなれば東にエヴェレストを含むクンブ山塊が遠望できますが、エヴェレスト(8848m)は山塊の陰に隠れて見ることは出来ません。

カトマンズの盆地から美しく見える山と言えば北に位置するランタンリルン(7245m)で、このランタン谷からに眺めは世界一美しいと言われております。その西側にガナッシュヒマールの白い山肌が続き、その西にマナスルの山々が連なり、遠く、西の果てにアンナプルナ連山の白い山塊が遠望できます。カトマンズから見えるのはこの範囲でありますが、人気のエヴェレスト街道やランタン谷、そしてジョンソン街道などの起点となるため観光客も多くなっております。

ランタン谷へは30年以上の渡航キャリアが有っても訪れたことはありません。その殆どがエヴェレスト街道だったりジョンソン街道に限られていたからであります。ランタン谷への誘いが無かった訳ではありませんが、通っている場所の経緯が気になって先延ばしにしていたのであります。そのランタン谷で大崩落と洪水が発生しました。驚くべき土石流がトリスリ川を駆け下り、周囲を破壊しながら流下する土石流の映像は、日本の川を見慣れている我々を恐怖の底に叩き込んでくれました。

このトリスリ川はランタンリルンの氷河を水源として南に流下し、平原地帯で西に流路を換え、ムグリンと言う街で流路をインド方面に変えて暫く南下します。そして、例のムスタンを源流とするカリ・ガンダキ川と合流し、インドで聖なる川として知られるガンジス川へと合流する大河の支流なのであります。このトリスリ川に沿って「トリスリハイウエイ」なる街道が走っております。この街道はネパール第二の都市「ポカラ」に至る主要道路で、ムグリン町でインドからの街道と合流する、ネパール最大の重要街道なのであります。

この街道も、30年程の昔は舗装されているのが、中央分離帯の一車線のみで、両側はダートのままでした。対向車線に車が来ない場合は、中央の舗装した部分を走ることが出来ますが、対向車がある場合は互いの左輪がダートを走行してすれ違う様になっておりました。その為、車輪のパンク事故も多く苦労を強いられる街道でもありました。ハイウエイと名乗ってはおりますが料金所が有る訳ではなく単なる国道で、バザールのある街では休憩が採れるホテルもあります。この頃は自動車道は少なく殆どが「徒歩の国」でした。

ネパールには積載物の重量制限もありますが、走る車の殆どが過積載の車で占められ、坂道になると馬力不足の車が進路を妨げる事になり、間断の無い渋滞が発生しているのです。特にカトマンズ盆地からトリスリハイウエイに至る峠は渋滞が激しく、街道のネックとなっておりました。其処に今年の6月、日本の援助でトンネルが開通し、これまで2時間も3時間も掛かっていた時間が僅か十数分で通過できる様になりました。施工は「安藤ハザマ」でした。

今回の土石流はこれ等のインフラを破壊はしませんでしたが、トリスリ川に建設中の発電施設を破壊し、各地に土砂崩れを誘発し、交通網を破壊してしまいました。復興はこれからですが道路網が寸断されおり、苦しい作業が予想されえております。何故に、この様な貧しい国ばかりが被害に遭わなければならないのか、不合理ですがこれが現実なのであります。

まあ、30年ほどの昔は「徒歩の国」だったネパールを「一帯一路」の名の下に、重機とダイナマイトによる開発に巻き込んだ中国も、次々と国境までのルートを完成させております。ランタン谷を越えて中国に入るルートはつい2年前に開通したばかりでした。土石流に襲われる国境検問所の姿を目にした方も多いと思います。地元では「インドとの戦争が始まれば、この自動車道を通って戦車がインドに向かう」などとまことしやかな話も囁かれております。うわさ話だけに留まって欲しいと願うのは私だけでは無いと思います。

令和8年9月11日     毛利

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